散策

2022年02月13日

縁起だるま発祥の高崎〜冬の群馬を電車でぶらりぁ

正月太りの解消と健康増進。

電車に乗って、見知らぬ土地をたくさん歩こう企画。

<第4弾>

縁起だるま発症の地、達磨寺まで歩いてみよう。

目的地は「少林山 縁起寺」

最寄り駅は「JR信越本線 群馬八幡駅」

なんだけど、「JR高崎駅」から歩きます。

歩いて約1時間半(6辧砲任后



<高崎駅の高崎だるま>

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鮮やかな赤色が印象的な高崎だるま。

日本の吉祥である鶴と亀が顔に描かれていることから「縁起だるま」や「福だるま」と。

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高崎駅から碓氷川沿いを歩きます。

遠くに見える榛名山麓の雪化粧がまた美しい。

のんびり1時間半くらい歩くと、到着。

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<少林山 達磨寺>

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上毛かるたでおなじみ

「縁起だるまの 少林山」

1783年(天明3年)の浅間山の大噴火による大飢饉。

この惨状を見かねた9代目住職の東嶽和尚は、生活の苦しかった付近の農民救済のため、だるまの作り方を豊岡村の山縣友五郎に伝授。

そして正月、七草大祭の縁日に掛け声勇ましく売られるようになったのが縁起だるまの始まり。

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まゆ毛は鶴が向かい合い、鼻から口ひげは亀が向かい合った鶴亀の顔。

顔の両側には家内安全や商売繁盛などの願いごとが記され、お腹には大きく福入りと記載。

縁起がいいことから、縁起だるまと呼ばれています。

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縁起だるまは願掛けだるま。

縁起だるまに向かいあい、
まず心を静め、
願いを込めて向かって右に眼を書き入れる。

そして一年間無事に過ごせた時、
あるいは願いごとが叶えられた時に、
感謝の気持ちを込めてもう一方の眼を書き入れる。

達磨大師のように、
いかなる困難も克服し、
願いごとが成就して無事に縁起だるまの両眼が開けられるよう、
惑わされず、振り回されず、
正しい心の目を見開いて精進しよう。





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2022年02月12日

磯部温泉は温泉記号と舌切雀の発祥地〜冬の群馬を電車でぶらり〜

正月太りの解消と健康増進。

電車に乗って、見知らぬ土地をたくさん歩こう企画。

<第3弾>

温泉記号発祥の地、磯部温泉を散策。

目的地は「温泉記号発祥のルーツを辿る」

最寄り駅は「JR信越本線 磯部駅」

駅から歩いて約20分(1辧砲任后



<磯部温泉>

磯部温泉は、群馬県安中市(旧上野国)にある温泉であり、温泉記号(♨)の発祥の地。

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1661年(万治4年)に江戸幕府の評決文に記された温泉記号。

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江戸幕府が農民の土地の境界をめぐる訴訟に対して出した評決文の絵図に、磯部温泉の位置を表す湯気の出ている記号2つが描かれており、温泉記号発祥とされる。


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これがその絵図。

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磯部温泉は、群馬県の南西部に位置し、五街道の中山道が通っており、碓氷峠を往来する旅人や湯治客で古くから賑わった温泉街。

明治になってからは、信越線の開通により首都圏からの避暑の客も。

1783年(天明3年)の浅間山の大噴火で湯量が飛躍的に増加。

豊富な鉱泉を利用して作られる磯部せんべいは有名。

さらに、あの「舌切雀(したきりすずめ)」の伝説が残る磯部温泉。

「竹の春 雀千代ふる お宿かな」

舌切雀伝説の発祥の地でもあるようだ。




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2022年02月11日

貫前神社は下り宮〜冬の群馬を電車でぶらり◆

正月太りの解消と健康増進。

電車に乗って、見知らぬ土地をたくさん歩こう企画。

<第2弾>

日本三大下り宮の階段を下って参拝し、体重・血圧などが下がることを祈念。

目的地は「一之宮 貫前神社」

最寄り駅は「上信電鉄 上州一ノ宮駅」

駅から歩いて約15分(1辧砲任后



<上州一ノ宮駅>

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<一之宮 貫前神社>

日本三大下り宮の1つといわれる貫前神社(ぬきさきじんじゃ)。

神社といえば、平地または階段を上った先に社殿があるのが一般的。

しかし、階段を下った下のほうに社殿があるという珍しい神社があります。

群馬の貫前神社は、宮崎の鵜戸神社と熊本の草部吉見神社と並び、日本三大下り宮と言われています。

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正門の先に見えるのが、社殿の屋根。

ここにたどり着く前に、階段を上りました。

下る前に、まずは上ります。

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そして、正門を抜けると眼下に広がる階段と社殿。

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貫前神社は、群馬県富岡市一ノ宮に鎮座する1400年の歴史を持つ神社。

上毛かるたでおなじみ

「ゆかりは古し 貫前神社」

御祭神は経津主神(ふつぬしのかみ)と姫大神(ひめおおかみ)

現在のこの社殿は、江戸幕府3代将軍の徳川家光公により建立。

明治以前の歴史書には、当社に関して「抜鉾神社(ぬきほこ)」と「貫前神社(ぬきさき)」の2つの記載があり、2神2社説と1神1社説がある。

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社殿から見上げる正門。

階段を下る下り宮の参拝は、血圧や血糖値などの数値を下げたい人にも御利益が。

また、御祭神である経津主神(ふつぬしのかみ)のフツヌシとは、刀や剣の神であり、病気を断ち切る御利益も。

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なんだか心晴れるような青空。




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2022年02月10日

桐生天満宮で神頼み〜冬の群馬を電車でぶらり 

正月太りの解消と健康増進。

電車に乗って、見知らぬ土地をたくさん歩こう企画。

<第1弾>

子供たちの学業成就のため、群馬の学業の神様にお祈り。

目的地は「桐生天満宮」

最寄り駅は「上毛電鉄 西桐生駅」

駅から歩いて約20分(1.8辧砲任后



<桐生天満宮>

関東五大天神の1つといわれる桐生天満宮。

天神(天満宮)とは、平安時代の優れた学者・文化人・政治家であり「学問の神様」と称された菅原道真を祭神とする神社。

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桐生天満宮の起源は、第十二代景行天皇(71年〜130年)の時代に天穂日命(アメノホヒ)を祀る神社として建立されたと伝えられる。

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南北朝時代に桐生綱元(桐生氏の祖)が現在の地に移し、菅原道真を合祀して桐生天満宮と改称。

1581年以降は徳川家康公の祈願所となり、1600年の関ケ原の戦いには、軍旗に用いる旗絹を当宮の御神前に備えて戦勝祈願し、その勝利凱旋を吉例として織物市が開かれ、桐生織物繁栄の礎となった。

現在の桐生市街は、桐生天満宮を基点とし、天満宮鳥居前が本町一丁目となっている。

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御祭神である菅原道真公は、幼少より学問に秀で五才にして和歌を詠み、次々に難関の国家試験に合格し、異例の出世を遂げて右大臣となり優れた業績を上げた史実により、江戸時代から学問の神、近年では合格祈願の神として崇敬されている。

少しでも、学業が成就しますように。

また、神頼み。





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2022年02月05日

電車でGO!!To群馬

昔から電車が好きでした。

中学生くらいの頃、夏に窓を空けて寝ると、電車の音が聞こえたのを覚えています。

鉄道模型が好きだった父親の影響があるかも。

というわけで、車社会の群馬県ですが、電車はたまに乗ってます。

県内ほぼすべての電車が1日乗り放題のこれを利用。

「ぐんまワンデー世界遺産パス」

これは、本当にありがたいです。マジで。

すでに5回は利用しました。

やっぱり電車は風情と趣があって良いですね。

群馬県に住んでいる間に、県内の全駅を制覇できるかな?

と思い調べてみたら、群馬県内には約140の駅があるようです。

これは無理やね。

でも、ある程度は制覇したいところです。

とりあえず、10か月経過時点での駅制覇数を振り返ってみました。

(まん延防止等重点措置中だから暇だし)


<上毛電鉄>

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まずは、上毛電鉄。
・3回(※)
・4駅/23駅
※1日に何度利用してもカウントは1回

(1)中央前橋駅
・始発駅です。
・初めて自転車を乗せるときにはドキドキした。

(2)江木駅
・自転車で前橋→利根川沿い→伊勢崎→荒砥川の帰りに乗りました。

(3)赤城駅
・途中下車して自転車で渡良瀬川に行ったり。
・東武鉄道からの乗り換えでも利用。

(4)西桐生駅
・終点駅です。
・趣がある駅舎が特徴。



<上信電鉄>

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次に、上信電鉄。
・2回
・6駅/21駅

(5)高崎駅
・始発駅です。
・改札を過ぎたところで「富岡しるくさん(鉄道むすめ)」が迎えてくれます。

(6)根小屋駅
・上野三碑の1つ「金井沢碑」の帰りに利用。

(7)吉井駅
・上野三碑の1つ「多胡碑」に行く際に利用。
・吉井駅から無料巡回バス「上野三碑めぐりバス」が出てます。

(8)上州富岡駅
・世界遺産「富岡製糸場」の最寄り駅として利用。
・駅前に群馬県立世界遺産センター「セカイト」に立ち寄りましょう。

(9)上州一ノ宮駅
・日本三大下り宮で有名な一之宮「貫前神社」を参拝。
・階段を下る参道であり血圧や血糖値が下がるとの神頼みも。

(10)下仁田駅
・終着駅です。
・清流「鏑川」が流れており、青岩公園を散策。
・カワウソAtyの動画でも青岩公園が登場しました。


<東武鉄道>

そして、東武鉄道。
・5回
・7駅/28駅

【東武伊勢崎線】
(11)伊勢崎駅
・始発駅です。
・駅前を散策すると「旧時報鐘楼」や「いせさき明治館」などの歴史あるものも。

(12)世良田駅
・新田荘歴史資料館や世良田東照宮を散策。
・駅前には麦畑が広がります。

(13)太田駅
・駅前に新田義貞公の銅像。
・SUBARUの大きな工場があります。
・東日本最大の前方後円墳(天神山古墳)
・子育て呑龍の太田金山まで散策。
・北関東有数の繁華街も。

(14)館林駅
・日清製粉ミュージアムに行きました。
・日清グループや正田醤油などの工場街を散策。
・鬼ひもかわうどんの店も。
・向井千秋記念こども科学館がある公園も広い。

【東武桐生線】
(15)赤城駅
・終着駅です。
・上毛電鉄との乗り換え駅。
・たぶん、特急に乗れば浅草まで行けます。

(16)新桐生駅
・桐生新町の重要伝統的建造物群保存地区を散策した後、バスに乗ったら終着でした。
・桐生の街中から太田方面に行く際に活用する駅。

【東武小泉線】
(17)西小泉駅
・終着駅です。
・グンマー帝国のブラジルタウンです。
・ポルトガル語の看板の店も多く多国籍な街。
・パナソニック等の工場があります。



<わたらせ渓谷鐡道>
さらに、わたらせ渓谷鐡道。
・1回
・3駅/13駅

(18)桐生駅
・JR桐生駅に併設。
・乗ってないけどトロッコ列車が有名らしい。

(19)大間々駅
・車両基地があり、引退した古い列車も展示されています。

(20)水沼駅
・駅のホームからつながった温泉施設があります。
・やや混雑していたので感染防止のため入らず、無念。



<JR線>

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最後に、JR線。
・10回以上
・17駅/51駅

【新幹線】
(21)高崎駅
・新幹線(上越、長野、北陸)の群馬県の玄関口。
・どの新幹線も高崎駅には止まると思ってたら…通過した。
・駅には「峠の釜めし」や「牛肉どまん中弁当(山形県米沢市)」も。

【JR両毛線】
(22)前橋駅
・県庁所在地の玄関口。
・自転車の無料駐輪場があるのが嬉しい。

(23)伊勢崎駅
・東武伊勢崎線の乗り換え駅。

(24)桐生駅
・上毛電鉄西桐生駅とは歩いてすぐ。
・東武鉄道新桐生駅とはやや遠い。
・桐生は日本の機どころ。
・歴史と伝統の街並みです。

【JR信越本線】
(25)北高崎駅
・北高崎駅から高崎問屋町駅まで歩いてみた。

(26)安中駅
・駅前散策したけど…すいません。

(27)磯部駅
・磯部温泉街の入り口。
・温泉マーク(地図記号)発祥の地。

(28)横川駅
・終着駅です。
・昔は横川から軽井沢まで電車で峠を越えていましたが廃線に。
・廃線跡はアプトの道として散策道に。
・峠の釜めし「荻野屋」本店が駅前に。

【JR上越線】
(29)高崎問屋町駅
・北高崎駅から高崎問屋町駅まで歩いてみました。

(30)群馬総社駅
・たまに自転車で行きます。
・駅の周辺に小さな古墳群もあります。

(31)渋川駅
・伊香保温泉行きのバスが出ている玄関口。

(32)敷島駅
・車がない時に温泉に入りたくて「敷島温泉赤城の湯」に電車で行きました。

(33)沼田駅
・真田の里である沼田城址を散策。
・河岸段丘の見晴らしがよい景色。

(34)水上駅
・みなかみ温泉街を散策。
・利根川上流は水がきれいです。
・SLが展示されています。

(35)土合駅
・日本一のもぐら駅。
・登り階段がなかなかなモグラ駅。

【JR吾妻線】
(36)小野上温泉駅
・車がない時に温泉に入りたくて「小野上温泉センター(八夕の湯)」に電車で行きました。
・吾妻川沿いで散策もできて良い温泉です。

(37)長野原草津口
・ぐんまワンデー世界遺産パスを利用して来てみた。
・晴れてたのに着いたら雷雨に。
・山の天気は変わりやすいですね。



<まとめ>

上毛電鉄、3回、4駅/23駅
上信電鉄、2回、6駅/21駅
東武鉄道、5回、7駅/28駅
わたらせ、1回、3駅/13駅
JR線、10回以上、17駅/51駅

【37駅/136駅】


主要駅はだいたい制覇している感じ。

JR吾妻線とわたらせ渓谷鐡道は開拓の余地あり。

全駅制覇は現実的ではないけど...目指すは50駅制覇。

散策したいとき、ウォーキングで少し歩いてリフレッシュしたいときには、知らない駅に降り立つのもおススメです。

足で、肌で、空気で街を味わいましょう。




kou_blue97 at 19:38|PermalinkComments(0)

2021年12月04日

太田金山子育て呑龍。そして、不落の城。

今年一番というか、ここ数年で一番の紅葉。

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さて、12月ですね。

寒くなってくると、運動量が減ります。

これはまずい。

あまり遠くないところを歩きたい。

ということで、やってきました。

<太田駅>

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新田義貞の銅像。

鎌倉幕府の本隊を倒すという武功を立てた、後醍醐天皇による建武新政樹立の立役者の一人。

銅像の後ろにはSUBARUの文字。

株式会社SUBARUの群馬製作所です。

SUBARUのルーツは、ここ太田市の飛行機研究所。

飛行機研究所→日本飛行機製作所→中島飛行機製作所→中島飛行機株式会社→富士産業株式会社→GHQの財閥解体の対象となり工場ごとに分割。

そして、1955年。
旧中島飛行機グループの5社の合併により富士重工業株式会社が発足。
・富士工業(群馬県太田市)
・富士自動車工業(群馬県伊勢崎市)
・大宮富士工業(埼玉県)
・東京富士産業(東京都)
・宇都宮車両(栃木県)

2016年、富士重工業株式会社は株式会社SUBARUに社名変更。

丸の中に6つの星が描かれたSUBARUのロゴマークは、この「5社が集まって1つの大きな会社になった」ことを意味しているとのことです。



<大光院>

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義重山大光院新田寺。

通称「子育て呑龍(どんりゅう)」「呑龍様」

1611年に徳川家康が、徳川一族の繁栄・天下奉平・先祖供養(新田義重等)のため菩提寺の建立を計画し、建立のために招聘されたのが呑龍上人。

呑龍上人は、当時多くの子供が間引かれて殺されていたことを悲しみ、これらの子供たちを弟子として引き取って育てたため、後世の人々から「子育て呑龍」と慕われた。

上毛かるたでは「太田金山 子育て呑龍」として採録。

ちなみに、中島飛行機(SUBARUのルーツ)で開発された航空機(一〇〇式重爆撃機)の愛称は「呑龍」



<金龍寺>

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大田山義貞院金龍寺。

金山城主横瀬氏(のちの由良氏)の菩提寺。

歴代金山城主の五輪塔や新田義貞の供養塔が祀られる。



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大光院と金龍寺を過ぎて、さらに山道を歩きます。

道なのか、どこに向かうのか。

落ち葉を踏みしめながら、未知の世界へ進みます。

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<新田金山城>

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「金山城」、「新田金山城」

群馬県太田市のほぼ中央にそびえる標高236mの独立峰、金山の頂上にある山城。

1469年に新田一族の岩松家純によって築城。

以降、由良成繁・国繁親子が城主となる。

上杉謙信や武田勝頼などから十数回に及ぶ攻撃を受けるも、一度も落城したことがない不落の城。

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堀切や大手虎口など、当時の堅固さの面影が残る城址。

石垣を多用した山城。

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戦国時代の関東の山城には本格的な石垣普請の城はないという従来の定説を覆したという。



<新田神社>

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太田金山山頂に鎮座する新田神社。

当時の新田山城状の本丸跡に位置。

紅葉が美しすぎる。

時の城主は、この紅葉を見て何を思っていたのか。



<東の景色>

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栃木県足利市の方向。

渡良瀬川が流れます。


<西北西の景色>

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太田市内の農地が広がります。

その奥は前橋市。

右手に見えるのが、赤城山と榛名山。

左手に見えるのが、妙義山。

かな?


<南南東の景色>

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利根川を越えて、さいたま市、そして東京都心。

天気が良ければ、富士山まで見えるとのこと。



<南の景色>

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屋根沿いに少し下って、西城から望む景色。

太田市内がよく見えます。



山道でちょっと転んだ。

そして、帰りの下り道もなかなか急だった。

少し、膝が痛い。

日頃の運動不足かな。




kou_blue97 at 19:37|PermalinkComments(0)

2021年11月23日

織田宗家のゆかりの地を歩く(群馬県甘楽町)

本日は、甘楽町を歩きます。

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<群馬県西南部に位置する甘楽町(かんらまち)>
・群馬県の西南部を流れる鏑川南岸の町。中心地区の小幡は、もと小幡藩の城下町。国指定名勝の楽山園、名水百選の雄川堰がある。昭和中期ごろまで養蚕が盛んであったが、昭和後期から平成にかけて野菜・果樹の生産量が増加し、キウイフルーツの特産地。また城下町小幡さくら祭り「武者行列」も有名。

いろいろと歴史ある町ですが、まずは散策から。

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甘楽町を南北に縦断する一級河川「雄川」

雄川沿いに遊歩道

「せせらぎの路」

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入口付近には背の高い木々が迎えます。

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見えるかな?

風が吹くと落ち葉がひらひらと

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川と山と空が奏でるハーモニー

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橋の上から1枚

山の緑と空の青と雲の白

散歩道で自然を満喫した後は、まち中巡り。

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<甘楽町歴史民俗資料館>

このレンガ造りの建物は、養蚕が盛んだった1926年に建設されたもの。

組合製糸小幡組の繭倉庫として利用されていた模様。

入口には「かかあ天下像」

<かかあ天下〜ぐんまの絹物語〜>
・古くから絹産業の盛んな上州(群馬県)では、女性が養蚕・製糸・織物で家計を支え、近代になると、製糸工女や織手として活躍。男たちは、おれの「かかあは天下一」と呼び、これが「かかあ天下」として上州名物になるとともに、現代では内に外に活躍する女性像の代名詞に。家計を支え日本経済を支えた、まさに天下一の上州女性たち。

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このあたりは城下町小幡の面影がある街並み。

往時のたたずまいを感じさせてくれます。

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<道の駅 甘楽>
いろいろと特色を出している観光地として存在感のある道の駅。

・もちきびやキジの肉が入っている「桃太郎ごはん」
・甘楽町の地粉をつかった「上州うどん」や「おっきりこみ」
・本格窯焼きの「甘楽町産地粉ピザ」
・姉妹都市イタリアのチェルタルド市からの「直輸入ワイン」

おひとり様だとなかなか食べられないのが悲しい。

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<国指定名勝 楽山園>

眼光鋭い覇王様(織田信長公)

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楽山園は、江戸時代初期に織田信雄(織田信長の次男)によって造られた小幡藩邸の庭園。

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楽山園の由来は「論語」から。

「智者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ」の一文とのこと。

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織田宗家ゆかりの大名庭園

美しい、池泉回遊式庭園です。

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梅の茶屋

庭園全景が見渡せる高台に建てられた茶屋。

ここで藩主は何を見て、何を思ったか。

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腰掛茶屋

五角形の珍しい茶屋

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<甘楽ふるさと館の「せせらぎの湯」>

炭酸カルシウム温泉でリフレッシュ。

先日の長距離ドライブの疲れを癒しました。

織田宗家のゆかりの城下町を満喫!

・本能寺の変により織田信長が明智光秀に攻められ自害。織田信忠(織田信長の長男)も二条城にて自刃し、織田政権が崩壊。織田宗家の家督は、織田秀信(織田信忠の長男。三法師)が継ぐ。織田秀信は関ヶ原の戦いで西軍に属して戦ったため、改易し高野山に送られた。織田秀信の弟(織田信忠の次男)も同時期に改易。
・一方、織田信雄(織田信長の次男)は清州会議以降は羽柴秀吉と争ったり服従したりを見せたが、1584年に羽柴秀吉に臣従し、秀吉も織田信雄を正式な織田家の当主と認めた。その後、関ヶ原の戦いでは西軍寄りの傍観的態度に終始、大阪冬の陣の直前に徳川家康に与する等を見せ、1615年に上野国甘楽郡など5万石を与えられた。領地に楽山園を造る一方、養蚕などの産業育成にも注力した。
・上野国織田家は、織田信良(織田信雄の四男)に小幡藩2万石を分知し立藩、初代藩主となる。以降、織田家が第七代小幡藩主まで続くこととなった。甘楽町崇福寺には織田氏七代の墓が祭られる。小幡藩の初代藩主は信雄又は信良の両説がある。





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2021年05月15日

諏訪峡遊歩道

早朝の散策であれば、人との接触を避けられる企画、第3弾。

本日は、諏訪峡散歩道を散策。

5時前起床、5時半出発、7時に到着。

朝ご飯は、ちゃんと食べてから出発。

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最近お気に入りの食器。

益子焼。

群馬県産のみで作ったみそ汁。

・豆腐
・椎茸
・大根の葉
・人参
・玉ねぎ
・もち麦


<諏訪峡>

諏訪峡は、利根川の清流が造りだした渓谷。

この奥には水上温泉街があります。

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天気が良ければ谷川岳がきれいに見えるようです。残念。


笹笛橋。

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つり橋。


与謝野晶子歌碑。

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水上温泉をこよなく愛した女流歌人。


利根川沿いを歩けます。

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諏訪峡大橋。

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歴史あるブリッジバンジージャンプの場所。

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ちょうど1万歩。

9時を過ぎるとラフティングを始める人たちがちらほら出てきたので、退散。

結構な流れなので、ラフティング面白いかも。

今度は、天気の良い日に谷川岳を眺めたい。







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Profileです。

kou_blue97

【自己紹介】
・札幌生まれ札幌育ち
・現在は群馬在住
(←東京←徳島←千葉…)
・転勤族のサラリーマン
・ミスチル世代の団塊ジュニア

【好きなモノ】
・アメフト観戦
・ミスチル鑑賞
・子供とおでかけ
・転勤で知らない土地を満喫
・現実と妄想の狭間で微笑ましく生きる
・小さな幸せのかけらを積み重ねる

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