2015年05月03日

別子銅山

社会科見学を兼ねて行ってきました。

「別子銅山(愛媛県新居浜市)」

別子銅山は、1690年(元禄3年)から1973年(昭和48年)までに約280年間に70万トンを産出し、日本の貿易や近代化に寄与した銅山で、一貫して経営した住友家が日本を代表する巨大財閥となる礎となったものでもあります。

今は、マイントピア別子という観光施設になっています。

「世界的産業遺産の里」というキャッチコピーで、本当に使われていた鉱山鉄道や火薬庫として利用されていた坑道を体験できます。

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入口はこんな感じ。

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銅についておさらい。

銅は古代は鉄器登場前は武器、農耕器具から日常用品に至るまで歴史は古いようです。

銅と錫をあわせた青銅が主流。



銅で出来ているものは何だろう。

銅像とか10円玉くらいしか思い出せない。

金属製のものを思い浮かべると、あれっ、鉄と銅は何が違うんだろうという疑問が。

調べてみると、硬貨はほとんど銅を主原料とした合金のようです。

十円硬貨は純銅に近い合金で、百円硬貨や五百円硬貨も銅が多く使われている合金らしい。

あと、電線とか電気コードは純銅の銅線のようです。



鉄と銅についても比べてみました。

・銅は鉄と比べて酸化しにくく、鉄よりは低温で加工できるという面がある。

・しかし鉄よりは強度の面で劣り、さらに質量が重く農耕機具としては鉄器よりもはるかに劣る。

・さらに武器としても重く鋭利な刃物としても鉄よりは劣っている。

・そこで日本に銅が先に伝わり、次に鉄が伝わって青銅器が減少していくことになったとするのが一般の見解。



なるほど。

よくわかりました。


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それにしても、自然が美しい。

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さらに、ここから車で25分ほど山道を進むと、天空の歴史遺産「東洋のマチュピチュ」と呼ばれる別子銅山の本格的な跡地が広がるらしい。

子供たちの車酔いの関係で、断念。

さてと、パパは勉強になったぞ!

kou_blue97 at 21:24│Comments(0)TrackBack(0) 供淵廛薀ぅ戞璽箸里海函 

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kou_blue97

〇札幌生まれ札幌育ち。現在は東京在住(←徳島←千葉…)。転勤族のサラリーマン。ミスチル世代の団塊ジュニア。
〇好きなモノ
 アメフト観戦、ミスチル鑑賞、blog執筆、子供とおでかけ、HKT宮脇咲良を応援、転勤で知らない土地を満喫、現実と妄想の狭間で微笑ましく生きる、小さな幸せのかけらを積み重ねる。

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