2021年04月

2021年04月30日

単身生活〜こん活中〜

4月も最終日です。

4月、群馬県のいろんなところを歩きました。

健康的な単身生活を送ってます。

ただ今、こん活中!


群馬県は、全国のこんにゃくの約9割を生産しています。

利根川の清流と群馬の名峰「赤城・榛名・妙義」のもと、豊かな自然に磨かれて育ったこんにゃく。

低カロリーでヘルシー。

そんなわけで、1か月こん活(こんにゃく食生活)を続けています。

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<群馬県産食材にこだわった豚汁>

群馬県産の豚肉、キャベツ、タマネギ、ほうれん草。

そして、こんにゃくは豪快にぶつ切り。

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<同豚汁>

群馬県産にこだわった豚汁は、具を替えてヘビーローテーション。

太めの糸こんにゃく。

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<味噌汁>

たまには鶏肉(もちろん群馬県産)。

しめじも、もちろん群馬県産。

しらたき(群馬県産こんにゃく芋使用)。



こんにゃく芋は、3年かけて収穫します。

春にタネイモを植え、秋には生子(きご)というこんにゃく芋の赤ちゃんを一度収穫。

次の春に再植付し、秋にまた収穫(1年生)。

さらに次の春に植えて、秋にまた収穫(2年生)。

そして、また次に植えて、秋に収穫(3年生)。

こんにゃくの作り方は、生芋をすりおろす方法と、薄く切って乾燥させた荒粉を使う方法、さらに細かい精粉を使う方法の3つ。

長い月日の自然と人の力の賜物です。


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<牛丼>

たまには牛丼とか食べたくなります。

上州牛(群馬県産)。

白米のかわりに、「粒こんにゃく」と「もち麦」。

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<パスタ>

パスタソースに「しらたき」を絡めてみました。

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<札幌味噌ラーメン すみれ>

中華麺のかわりに「しらたき」を煮てみました。


ただ今、こん活中です。

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2021年04月29日

徳川発祥の地〜太田市〜

東武伊勢崎線は世良田駅を降ります。

世良田。

利根川氾濫の土地が開墾された広大な水田地帯。

この「世」にこれほど素晴らしい「良」い水「田」はないと言われ、地名になったそうです。

米麦二毛作の群馬なので、この時期は麦畑です。

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新田荘遺跡。

新田氏が、1108年に発生した浅間山の噴火により荒廃した新田郡を再開発し、荘園を築いたもの。

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世良田東照宮。

「東照大権現」としての徳川家康を祭神とする東照宮の1つ。

1617年に駿河国久能山から下野国日光へ家康の遺骸を改葬した際に建てられた社殿を、1644年に上野国世良田に移築し、創設されたもの。

この地は新田氏の開祖・新田義重(源義重)の居館跡。

新田義重の子孫は、鎌倉幕府を倒したといわれる新田義貞、江戸幕府を開いた徳川家康がいます。

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新田荘歴史資料館で、その歴史を学びます。

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1566年、松平家康は従五位下三河守に叙任された際に、徳川家康を名乗ったと言われていますが、実際は藤原家康として藤原氏一門を名乗っていたとも言われています。

家康は、藤原氏と源氏を使い分けていた記録もあり、1603年の征夷大将軍就任の際に正式に源氏を名乗っています。

源氏でなければ将軍になれないという源氏将軍神話ですね。

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長楽寺。

1221年、新田義重の四男で徳川氏始祖の新田義季が開基したと言われる、東国における禅文化発祥の寺です。

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江戸時代、徳川家康が徳川氏先祖の寺として長楽寺を重視し、天海大僧正を住職としました。



そして、太田駅(JR、東武鉄道)。

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太田駅前にも、新田義貞公。

ここから少し歩くと、天神山古墳。

東日本最大の前方後円墳。

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空から見ると前方後円墳ですが、いざ行ってみると形はよくわからない。

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前方後円墳の前方の上の部分。

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全長210mの大古墳。

歴史の街ですね。





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2021年04月26日

上野三碑(こうずけさんぴ)〜ユネスコ世界の記憶〜

上野三碑(こうずけさんぴ)

1300年前の東アジアの文化交流を記す3つの石碑

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上野三碑とは、飛鳥時代末期から奈良時代初期にかけて、高崎市南部に建てられた山上碑・多胡碑・金井沢碑の総称。

日本国内に現存する古代の石碑は18例のみであり、その3つが近接して残ったもの。

古代の日本と東アジアの文化交流や当時の家族制度などを今に伝える貴重な歴史文化遺産である三碑は、国の特別史跡に指定され、2017年にユネスコ世界の記録に登録された。

【1】山上碑(やまのうえひ)

高崎市山名町

母のことを思い、僧になった息子が建てた石碑。

完存品では国内最古、日本語の源流を明示する石碑。

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681年(飛鳥時代)に建てられたものであり、完全な形として残っているものとしては日本最古の石碑。

石をあまり加工しないで使用されているのが特徴であり、朝鮮半島の新羅の石碑に類似。

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「山上古墳」

直径15mの古墳。

横穴式石室。


【2】多胡碑(たごひ)

高崎市吉井町

多胡郡が建郡されたことを記念して建てた石碑。

江戸時代以降の日本と中国の「書」の恋流の証。

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711年(奈良時代)に上野国の14番目の郡として多胡軍が建郡されたことを記念して建てられた石碑。

建郡に際しては「羊(ひつじ)」という渡来人と思われる人物が大きな役割を果たし、初代の郡長官になった模様。

18世紀には、多胡碑の拓本が朝鮮通信使を通じて中国に渡り、その書風が評価され、後世の日本の書家に影響を与える等、東アジアの文化交流の様子を示す重要な資料。

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これは移築された古墳のようです。



【3】金井沢碑(かないざわひ)

高崎市山名町

一族が天地に誓い、仏に仕えることを誓い合った石碑。

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726年(奈良時代)に三家氏を名乗る豪族が、先祖の供養と一族の繁栄を祈って建てた石碑。

古代東国での仏教の広がり、家族関係、行政制度の実態などを知ることができる資料。



なお、多胡碑には、多胡碑記念館があります。

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多胡碑記念館の多胡碑のレプリカ。

丸みを帯びた楷書体。



また、上信電鉄吉井駅から歩こうかと思ったら「上野三碑めぐりバス(無料巡回バス)」が運行していました。

ジャンボタクシー車両ですが、客は誰もいなくて快適。

一部、利用させてもらいました。



・宮城県多賀城市の多賀城碑
・群馬県高崎市の多胡碑
・栃木県大田原市の那須国造碑

これらは、日本三古碑と言われています。




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2021年04月25日

富岡製糸場と絹産業遺産群(世界遺産)

2014年6月、「富岡製糸場と絹産業遺産群」が世界遺産に登録。

日本の発展を支えた絹。

世界の人々の生活を華やかに変えた絹。

今でも続く絶え間ない技術革新と技術交流の原点を伝える証。

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正門入り口を進むと見えるのがこの建物。

「東置繭所」

1階は事務所や作業場、2階は乾燥させた繭を貯蔵。

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明治5年と刻まれています。

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骨組みは木造、壁は煉瓦。

この煉瓦は、甘楽町の窯で作られたもの。

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こちらは「繰糸所」

繭から生糸を取り作業が行われていた場所。

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創業当初はフランス式の繰糸器300釜が設置された世界最大規模の製糸場。

今設置されている機械は、昭和41年以降の自動繰糸器。

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置繭所は東と西に1棟ずつ存在。

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東置繭所2階。

一度乾燥させた繭をさらに自然乾燥させてカビなどを防ぐため、風通しのよい2階で保管。

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富岡製糸場の設立には、日本政府が指導者(首長)としてフランス人のポール・ブリュナを雇いました。

養蚕が盛ん、交通の便、動力源の水や石炭が豊富等の理由で富岡の地が選定されます。

日本政府は、工女募集の通達を出したところ、「富岡製糸場へ入場すると外国人に生き血を取られ、ワインとして飲まれる」というデマが流れ、人集めは難航したとのこと。

これに対し、初代製糸場長が自分の娘(14歳)を工女第1号として入場させて範を示したとも言われています。

富岡製糸場は、器械製糸の普及や技術者育成という目的が果たされた1894年、民間に払い下げされ、三井家、原合名会社を経て、片倉製糸紡績に合併されます。

富岡製糸場で生産された生糸は、世界中から「最高級品」と言われ、輝かしい軌跡を残します。

1987年、生糸価格の低迷や化学繊維の普及、安価な輸入品の増加等により日本の製糸業は衰退し、惜しまれながら富岡製糸場は長い歴史に幕を閉じます。

長い歴史の幕を閉じ、近代化の歴史を示す世界遺産として、これからも多くの人たちに歴史の重みを伝えてくれることでしょう。

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シルクのような口当たりの「絹しゅうまい」

信州屋旅館として、昭和30年代から宿泊客の食事に出していたとのこと。

富岡製糸場を訪れる人たちも口にしていたのかもしれませんね。




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2021年04月24日

ぐんまワンデー世界遺産パス

群馬県内の鉄道がほぼ全線乗り放題のフリー切符

「ぐんまワンデー世界遺産パス」

なんと素敵な切符ではありませんか。

目的地は、世界遺産「富岡製紙場」。

せっかくだから、県内いろいろ周ってみよう。

ということで、朝6時半、JR前橋駅で購入。

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ほぼ無計画ながら、元気よくスタート。

【1】6時半くらい
   前橋駅→高崎駅(JR両毛線) 
   200円(累計200円)

【2】7時くらい
   高崎駅→下仁田駅(上信電鉄)
   1,130円(累計1,330円)

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上信電鉄高崎駅では、駅務係の「富岡しるく」がお出迎え。

まずは上信電鉄の終着駅・下仁田駅で降り、朝の散策。

地図を見ると、鏑川という川が流れているみたい。

次の電車までは、約40分。

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橋の上から眺める川・緑・青空。

最高の景色。

近づいてみよう。

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青岩公園。

ゲームに出てきそうな岩の道。

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素晴らしい川の流れ。

この川原では、安山岩、流紋岩、玄武岩など16種類の石が拾えるらしい。

中学校で習ったやつ!



【3】9時くらい
   下仁田駅→上州富岡駅(上信電鉄)
   630円(累計1,960円)

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電車にギリ間に合った(少し走った)。

そして、目的地の上州富岡駅に到着。

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上州富岡駅では、「お富ちゃん」がお出迎え。

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群馬県立世界遺産センター

「世界を変える生糸の力」研究所に立ち寄り。

⇒「富岡製糸場と絹産業遺産群(世界遺産)」については、別の記事に書きます。

「富岡製糸場」の記事はこちら

【4】12時くらい
   上州富岡駅→吉井駅(上信電鉄)
   420円(累計2,380円)

ユネスコ「世界の記憶」に登録された上野三碑(こうずけさんぴ)へ。

⇒「上野三碑(ユネスコ世界の記憶)」については、別の記事に書きます。


【5】15時半くらい
   根小屋駅→高崎駅(上信電鉄)
   210円(累計2,590円)

【6】16時くらい
   高崎駅→横川駅(JR信越本線)
   510円(累計3,100円)

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まだ日が長いので、JR信越本線の終着駅・横川駅で降り、夕方の散策。

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碓氷関所跡

1623年、中山道の要害として横川に設けられた関所。

東海道の箱根関所と並び、江戸防衛の要であったとのこと。

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「入鉄砲に出女」を厳しく取り締まり、関所手形を提出させた。

鉄砲などの武器が江戸に持ち込まれることや人質として江戸に住まわせていた大名の妻子などが国元に逃げ帰るのを防いでいたものらしい。

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信州本線は、今は横川が終着駅ですが、昔は横川から軽井沢までつながっていました。

1893年、日本で唯一のアプト式、山岳電化鉄道として開通。

アプト式とは、線路の中央にノコギリ型のラックレールを置き、機関車のピニオンギア(歯車)を組み合わせて登る仕組み。

1997年、長野・北陸新幹線開通に伴い廃線。

廃線敷を利用して、横川駅から熊ノ平駅の間の約6kmが遊歩道(アプトの道)として整備されました。

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なかなかのハイキングコース。

大自然の景色と歴史を学べるコースですね。

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旧丸山変電所。

純煉瓦造り。

鉄道の歴史を感じます。

もっと歩きたいけど、夕暮れが近いので、本日はここまで。

横川駅、碓氷峠と言えば、これ。

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「峠の釜めし」

ここが本店のようです。

残念ながら、営業時間終了。


【7】18時くらい
   横川駅→高崎駅(JR信越本線)
   510円(累計3,620円)

高崎駅に荻野屋の食事処を発見。

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「皿盛 峠の釜めし煮物盛り合わせ」

いただきました。

味が染み込んでいて、美味しいです。


【8】20時くらい
  高崎駅→前橋駅(JR両毛線)
  200円(累計3,820円)


「ぐんま世界遺産ワンデーパス」

2,240円の切符で、3,820円分乗りました。

そして、歩数は3万歩超えと健康的!

楽しい1日をありがとうございました。




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2021年04月18日

要塞の地として争奪戦が繰り広げられた沼田城

本日も群馬県内を歩きます。

天気がよいけど、風は強くて冷たい。

ということで、JR上越線は沼田駅を降り立ちます。

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天空の城下街

真田の里

「上州沼田」

響きはかっこいい。

それでは、行ってみましょう、沼田城址。

と、歩き始めて、数分。

「滝坂」

嫌な予感がします。

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なんだこの石段。

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なかなかの急勾配。

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石段を抜けると、さらに坂道。

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沼田城、天空の城と言われるだけあって、高いところにあります。

これは、西側から攻め入るのは困難です。

帰宅して調べたところ、沼田市は階段のような地形「河岸段丘」として日本一美しいとも言われているようです。

地球の静かな呼吸によって作られた河岸段丘。

大地に水が流れ、川となり、その川の浸食によって深い谷が生まれ、流れる土砂により平地が生まれ、また大地に水が流れ、谷が生まれ・・・

長い年月を経て、谷に削り取られずに残った平坦な台地と急な崖が交互に現れる地形です。

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沼田城址にたどり着きます。

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沼田城は、北関東の要衝であり、軍事上の重要拠点として、上杉氏、北条市、武田氏といった諸勢力の争奪戦の的となりました。

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今は、チューリップが咲く公園。

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当時の沼田城の石段跡。

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真田信幸(関ヶ原の戦い以降、信之)と小松姫。

そして、城址から眺める眼下の景色。

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谷川岳などの雄大な山々が稜線を描き、その手前には河岸段丘の平地が広がります。

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「真田丸」で盛り上がった形跡でしょうか。

今度は、車で河岸段丘を見に行こうかな。




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2021年04月17日

館林は、製粉とうどんと狸の歴史の街

本日は、朝から一日雨予報のため、自然ではなく歴史と伝統をめぐる旅。

JRと東武鉄道を乗り継いで、やってきました館林。

東武鉄道館林駅の東口に降り立つと、タヌキがお出迎え。

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徳島は小松島の金長たぬきを思い出します。

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子供のたぬきの提灯に「分福」と書いてあります。

日本昔ばなしにも登場するおとぎ話「分福茶釜」のお寺「茂林寺」がこの館林市にあります。

〜コラム・豆知識 
上野国館林の茂林寺で茶の湯が趣味の和尚さんが茶釜を買って寺に持ち帰ったが、実は狸が化けた茶釜だった。怪しい茶釜を和尚はある男に売却。男のもとで、狸は姿を現し、踊りの芸を披露して稼ぐので養ってほしいと依頼。男は見世物小屋を立ち上げ、狸の綱渡り芸で人気となり、一財を得る。狸の死後、男は儲けの半分を布施として茂林寺に奉納するとともに、茶釜も寺に返還し、寺の宝となったというおとぎ話。


館林駅の西口には、製粉ミュージアムがあります。

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日清製粉グループは、創業の地である館林に、製粉をテーマとした文化拠点である製粉ミュージアムを開設。

館林市は、渡良瀬川と利根川に囲まれた豊かな土壌であり、名峰赤城山の伏流水が豊富であることから、古くから小麦が作られ、江戸時代から将軍家にうどんが献上されていたうどん文化の街です。

1900年に、正田貞一楼が館林製粉蠅鮴瀘し、機械製粉を開始しました。これが、日清製粉グループのはじまりと言われています。

さて、製粉ミュージアムでは小麦と製粉について深く学びました。

小麦の生産量、世界ランキングはイメージできますか?

1位 中国
2位 インド
3位 ロシア
4位 アメリカ
5位 フランス

一方で、日本への輸入量の世界ランキングは?

1位 アメリカ
2位 カナダ
3位 オーストラリア

日本国内の用途別には、こんな感じ。

硬質小麦(強力粉)は、パンや中華麺などに使用され、アメリカ産やカナダ産が多い。

中間質小麦(中力粉)は、うどんなどに使用され、オーストラリア産や国産が多い。

軟質小麦(薄力粉)は、天ぷらやケーキ、菓子などに使用され、アメリカ産が多い。

デュラム小麦は、パスタなどに使用され、カナダ産が多い。

〜コラム・豆知識◆
2021年は穀物高。小麦生産量日本一の中国は、コロナからの経済回復により穀物需要が増加し、アメリカ、カナダ、欧州からの輸入量は増加。生産量2位のインドは原油高による穀物のバイオ燃料使用が拡大、生産量3位のロシアは輸出抑制という状況。また、巣ごもり需要増加等により物流が活性化する中で、コロナ禍により船員が確保できず海運がひっ迫、スエズ運河での座礁事故も発生。穀物相場の上昇に加え、海運コストの増加が重なり、食品の値上げは今後増加する見通し。


小麦と製粉について理解が高まりました。

それでは、お昼ご飯を食べましょう。

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さすが、館林。器もたぬき。狸が化けてる?

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ひもかわうどんです。

「花山うどん」の鬼ひもかわ。

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今日は、カレー味。

美味しいです。本当に。

さて、本日訪れた「花山うどん」

館林駅前に本店があり、東京には銀座店もあるようです。

120余年の歴史ということで、1900年設立の館林製粉蠅汎韻減△任靴腓Δ。


美味しいうどんを堪能した後は、館林を散策します。

駅前には「竜の井」

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石田三成と大谷吉継が館林城に攻め入った際の言い伝え。

榊原康政が館林藩主となった際の龍の言い伝え。

様々な伝説があるようです。

少し歩いて、館林城跡。

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徳川四天王の一人、榊原康政が石垣や天守を持つ近代的な城に作り変えたと言われています。

徳川綱吉も、館林城主となった時期もあります。

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近くには城沼があり、自然を利用した要塞とのこと。



最後に、正田記念館。

残念ながら、コロナ感染拡大により、見学は休止中。

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正田記念館は、1873年創業の正田醤油の歴史と伝統を学べる建造物。

雨が本降りになる前に、今日はこの辺で。


〜コラム・豆知識〜
正田醤油の創業者である(三代目)正田文右衛門は、日清製粉創業者の正田貞一郎の祖父。正田貞一郎も、館林製粉蠕瀘前は正田醤油で働いていた。なお、正田貞一郎は上皇后美智子様の祖父である。


kou_blue97 at 17:15|PermalinkComments(0) 掘頁清箸里海函 | 供淵廛薀ぅ戞璽箸里海函

2021年04月14日

さんぽみち

群馬県内を散歩して、いくつか気がついたこと。

1.古墳が多い

群馬県は、古墳時代から奈良時代にかけて、東国文化の中心、「上毛野国(かみつけのくに)」として栄えました。

豊かな自然に恵まれ、交通の要衝にあった上毛野国は、ヤマト王権と連携して大きな勢力となっていったとのこと。

ヤマト王権とのつながりを示す歴史的な遺産が、群馬県内に数多く残っています。

現在でも、群馬県には2,000基あまりの古墳があるようです。



近所にも、こんな古墳がありました。

<宝塔山古墳>

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7世紀半ばに造られたとされる。

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自然石を積み上げる石室。


<愛宕山古墳>

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方墳という四角い形状の古墳。



2.川が多い

<吾妻川>

群馬県を流れる一級河川、利根川の支流。

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青空、山の緑、川、三位一体ですね。

心、癒される、日本の風景。

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河童も住んでるのかな。

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童心に返って、石と石を飛んで向こう岸に渡りたい。

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たぶん、絶対に落ちる。そして、濡れる。

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小さな魚も泳いでます。

メダカ?

サクラマスか鮎の稚魚?

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昔は、魚が住めない川だったようです。

草津温泉や万座温泉を起源とする強酸性の水が流れ込んでいたから。


3.公園でラジオ体操

前橋市内の2つの公園では、朝、ラジオ体操に市民が集ってます。

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前橋公園と敷島公園。

ただの散歩でも、いろんな発見。


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2021年04月11日

桐生は日本の機どころ

上毛電鉄で、前橋市から桐生市へ。

『桐生は日本の機(はた)どころ』 

上毛かるたにも記されています。

「西の西陣、東の桐生」と称され、織物の町として繁栄した桐生市を歩きます(自転車)。


まずは、「絹撚記念館」

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かつていくつもの織物や染織の工場が存在していた、織都・桐生(しょくと・きりゅう)。

この建物は、その大工場の1つ、旧日本絹織株式会社のもと工場跡地。

現在のJR桐生駅南口は、昭和35年の農商務省の殖産興業施策によって、一帯が工場となっていました。

建築物としても市の指定重要文化財。

そして、日本遺産『かかあ天下−ぐんまの絹物語−」の構成文化財の1つでもあります。

〜コラム・豆知識 
日本遺産『かかあ天下−ぐんまの絹物語ー』。古くから絹産業の盛んな上州では、女性が養蚕・製糸・織物で家計を支え、近代では製糸工女や織手としてますます女性が活躍した。男たちは、おれの「かかあは天下一」と呼び、今では内に外に活躍する女子像の代名詞ともなっている。日本経済を、まさに天下を支えた日本の女性たち。


次に訪れたのは、「桐生織物記念館」

桐生織物の資料や展示等で、その歴史と伝統を学びます。

織物産地としての歴史は古く、1300年前に「白滝姫」が技術を伝えたとの言い伝え。

明治時代には、当時の最先端技術であるジャカード機などを導入し、近代的な生産体制を確立。

世界でも指折りの織物産地へと発展しました。

〜コラム・豆知識◆
桐生の織物、有史上は713年に税を絁(あしぎぬ)と定められており、この地では昔から絹織物が作られていた。1333年には鎌倉幕府を倒した新田義貞が、軍旗に桐生の絹を使用していたとされている。また、1600年の関ヶ原の戦いでは、徳川家康の依頼により旗絹を1日で2410疋を織り出し脚光を浴びたとの歴史がある。



そして、「桐生新町重要伝統的建造物群保存地区」

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今から約400年前に整備された織物業のまち、桐生新町。

桐生の歴史を物語る建造物として、重要伝統的建造物群保存地区として選定されています。

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有鄰館。

江戸時代に桐生に定着した近江商人が営んでいた醸造業の蔵群。

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お昼ご飯は、「藤屋本店」

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桐生名物、ひもかわうどん。

帯のように平たいうどんです。

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「ひもかわうどん」と呼ばれる由来は、いくつかあるようです。

・帯が川で洗われている様子

・愛知県の芋川うどんかた伝わった

・茹で時間が短いので、機屋で働く忙しい女性たちに好まれた。

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〜コラム・豆知識〜

群馬県は昔から小麦の一大産地で、今も全国4位の生産量。年間を通じて日照時間が長く、水はけのよい土壌が小麦の栽培に適しており、群馬県では江戸時代からうどんを食べる習慣があった。群馬三大うどんとして、「水沢うどん、桐生うどん、館林うどん」が有名。また、小麦の産地であることから、粉食文化としてうどんのほか、焼きまんじゅうやおっきりこみ等が有名。




桐生を満喫した後は、「わたらせ渓流鐵道」

桐生駅から渡良瀬川沿いに山を登る電車です。

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通称「わてつ」

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電車からの景色はこんな感じ。

トンネルがあったり、両脇が崖の切り開いた線路だったり、渡良瀬川も見えます。

大間々駅(おおままえき)に到着。

DSC_0251


大間々駅には車両基地。

トロッコ列車が休んでます。

DSC_0220


以上が、上毛電鉄(サイクルトレイン)→渡良瀬川→桐生の機どころ(歴史と伝統)→わたらせ渓流電鐵の旅でした。

来週は、何を学ぼうかな。


〜コラム・豆知識ぁ

紀元前2世紀には存在したというシルクロード(絹の道)。アジアとヨーロッパを結ぶ交易路。東の起点は長安や洛陽という説が主流だが、日本という説もあり、東の終着駅は織都・桐生という説も。夢とロマンは尽きない。




kou_blue97 at 17:49|PermalinkComments(0) 供淵廛薀ぅ戞璽箸里海函 

2021年04月10日

自転車持ち込め上毛電鉄(サイクルトレイン)

群馬県を深く知りたい、学びたい。

そして、良いところをたくさん見つけて、味わいたい。

ということで、いきなり良い情報を耳にしました。

なんと、「自転車を電車内に持ち込める電車があるらしい」とのこと。

それは、ぜひ試してみなければなるまい。

そんなこんなでやっと土曜日。

早速、体験してみました。


《AM 07:30》

やってきました、中央前橋駅@上毛電気鉄道。

DSC_0200


天候にも恵まれました。

上毛電気鉄道、通称「上毛電鉄」。

ぐんまちゃんともコラボしていて、自動販売機もオシャレですね。

DSC_0206


本日、マイ自転車とともに旅する電車はこちら。

DSC_0202


そして、季節限定の早春桜花切符を購入。

DSC_0205


お得な、ワンデーフリーパス。

電車の中はこんな感じです。

DSC_0204~2


自転車が倒れないように、押さえながら乗ります。

電車の中でも、威風堂々なマイ自転車。

こんな感じで、旅はスタート。


《AM 08:30》

赤城駅で途中下車。

DSC_0207


みどり市大間々町になります。

自転車で北上すると、こんな景色に出会えます。

DSC_0209~2


一級河川、渡良瀬川。

DSC_0210~2


新緑も少しずつ色が違っていて、川もいろんな顔を見せてくれる。

少し下ると、「高津戸ダム」。

DSC_0211


すぐそばに、「はねたき橋」。

DSC_0216


はねたき橋からは階段が続いていて、遊歩道につながっています。

遊歩道からは川のふもとまで近づけます。

DSC_0215~2


癒される景観。

DSC_0214


川から橋を見渡すと、こんな感じ。

DSC_0213~2


自然の力は神秘的。

心の底から、癒される。

そして、階段を登って、息を切らせて、自転車で駅に戻ります。

《AM 10:30》

再び、赤城駅。

DSC_0223


次に乗るのは、青い電車。

終点は、西桐生駅。

DSC_0225


「関東の駅100選」にも認定された駅舎。

桐生市を観光しました。

「桐生は日本の機どころ」

ここも、とっても盛りだくさんの内容なので、記事を分けます。

『桐生は日本の機どころ』の記事はこちら


《PM 5:00》

満喫した1日も、あとは帰路のみ。

始発の、西桐生駅です。

DSC_0252


電車の中からは、榛名山に沈む夕日が美しかった。

DSC_0254


帰りの電車はこちらでした。

自然に癒され、伝統と歴史を感じ、心地よい疲労感と大きな充実感のある1日でした。


サイクルトレイン最高。

上毛電鉄、ありがとう。

なんと、群馬県内には、ほかに上信電鉄もサイクルトレインがあるらしい。






kou_blue97 at 21:49|PermalinkComments(0) 供淵廛薀ぅ戞璽箸里海函 
Profileです。

kou_blue97

【自己紹介】
・札幌生まれ札幌育ち
・現在は群馬在住
(←東京←徳島←千葉…)
・転勤族のサラリーマン
・ミスチル世代の団塊ジュニア

【好きなモノ】
・アメフト観戦
・ミスチル鑑賞
・子供とおでかけ
・転勤で知らない土地を満喫
・現実と妄想の狭間で微笑ましく生きる
・小さな幸せのかけらを積み重ねる

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